「生理的に嫌い」

 自分のネタ帳の中に上記のようなタイトルで一気に書きあげてしまった文があった。これは詳しい事情を明かすのは控えておくけども、以前ある人があまりよく知りもしない初対面の人にたいして何気なく「生理的に嫌い」っていう言葉を使ったことに対し、オレが激しい口調で批難したことがあったんよ。それを何を言っても理解しようという態度が見れなかったので(オレの言い方がキツかったのが良くなかったんやけど)その後2、3日ずっと心にひっかかっていたもんやから、自分の中で整理してみたくなって、書きなぐったもの。それをふと読み直してみたら、なんかオレらしかったんでお蔵入りにするのをやめにした。以下がその文。

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 オレは極力「生理的に嫌い」という言い方を使わない。すごく嫌な言い方だからだ。こういう言い方をされたらもう先が無い。「私は誰に何と言われようと受け付けません。だって体の感覚がそうなんだからどうしようもないじゃない。」っていう完全拒否の意思表示。ここには相手を理解しようという思いは全く感じられない。あらゆる可能性を締め出してしまっている。

 それだけではない。この言い方はあまりにも便利なため、思考力を奪っている安易な言い方でもある。それは非常に感覚的なところから来ているため理由づけを放棄した形で言葉に出されるのである。

 「だって嫌いなんだから仕方がない。嫌いに理由もへったくれもあるか!」なんて声が聞こえてきそうだが、別に「嫌いなものは嫌い」という言い方は別に全くかまわない。ただ「生理的に嫌い」という言い方は完全拒否のニュアンスがあるから、果たしてそんなに簡単に口に出していいものなのかと思ってしまうのである。

 そりゃあ、どうにもこうにも理由づけ云々する以前の問題で「嫌い」なんてのは、多かれ少なかれみんなあるとは思う。オレだってある。例えば「煙草」だ。特に女性の喫煙する姿は、オレの中ではまさに「生理的に嫌い!」という言い方が最適なのかも知れないと思うほど。それは単に健康に悪いからとか、見た感じ品が無く醜く見えるからとか、マナーの悪いバカ者どもが多いからとか、そう単純に言い切れるものではなく、そうゆうことをなんだかんだ言う以前に無性に嫌悪してしまう感覚というのがある。この体が理由づけを拒否してしまう程に嫌悪してしまう感覚を「生理的に嫌い」というのではないかと思う。

 しかし、だ。この言い方は、嫌いな原因をわかろうとする作業を放棄しがちな安易で怠惰な要素を多く含んでいるところに問題があるのだ。「生理的に嫌い」の一言で自分を納得させてしまえばそりゃ楽だろう。でもそれじゃあ人間として器が小っちゃくないかい?という話だ。せめてもっと考えろよ、と。

 音楽で言うと「ロックは生理的に嫌い」とか「打ち込みの音楽は生理的に受け付けない」などといった類のことをちょくちょく聞いたりする。この程度のことはそうそう気にすることもないかもしれないが、まあただ単にあまり幅広く聴いたりしてもいないのに自分の思い込みで嫌いだという可能性は十分ありえると思うし。模索もしないうちに早々と自分を殻で閉ざしてしまっていることも案外多いかもしれない。

 また、「ヘビは生理的に嫌い」なんて形で使う人も多いとは思う。こんなのもまださほど問題ではない(個人的にはやはり可能性を閉ざすという意味で問題視すべきだとは思うけども)。

 オレは特に対人間という点において、問題だと言いたいのだ。もし自分が「生理的に嫌い」だなんて言われたらこんな悲しいことはないぞ。だってどうしようもないのだから。どこが嫌いとか指摘されてるわけではないし、努力のしようもない。それはもう「あなたとは一切関わりたくない」という一方的に存在価値を否定されたに等しい非常にキツイ言葉だ。

 だからそう簡単に使ってはいかんと思うんよ。せめて、その嫌悪感について熟慮するぐらいの余地は残しておけないものかと。その結果相容れないのならば仕方ないことだとは思うけども。自分とか自分が愛する人がこんなこと言われたらつらいだろう、普通。そう思ったら、そんな簡単に人に対して使っちゃいかん言葉だと思うのだ。

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 以上のようなことを書いていたのだが、いやあ理屈っぽいね。でも怒りとか悲しみとかいったマイナスの感情はこうやって理論的に原因を追及していくことですごく楽になれるもんなんよね。

 もし「生理的に嫌い」じゃなくて「生理的に苦手」という表現だったら、ここまでムキにならなかったかもしれない。オレからしたら苦手という言い方にはまだ救いが見てとれるから。努力を完全に放棄したというわけではなく、可能性がわずかながら残されているっていうニュアンスを感じることができるんよね。

 オレってかなり言葉のニュアンスというもんに敏感なもんやから、時々相手からしたら何気ないような言葉にもすげえ過剰に反応してしまったりすることがある。それはこうやって爆発させてしまうこともあれば、自分の中に押し込めてしまうこともある。でも、何かしら自分の中で消化させてやらないと気持ちが悪い。だから考える。とにかく考える。ま、これも趣味みたいなもんかな。(笑)

bellefireの『After The Rain』を聴きながら・・・   

2002.02.25

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