プロレス界におけるベルリンの壁が崩れるとき

 2002年5月12日、東京ドームは57000人の超満員。新日本プロレスの30周年記念興業においてT-2000・黒の首領である蝶野正洋VSプロレスリング・ノアの総大将である三沢光晴という夢の対決が実現した! 降って湧いたようなカードだった。ゲーム上でしか実現しなかったこのカードが、様々なしがらみを乗り越えて、この日に実現したのである。テレビの生放送では、後ろに日本テレビがついているノアの顔である三沢を出すわけにはいかないということで、当日はノーTVになったのだが、この試合は後日放送された。

 思えばかつては新日本=テレビ朝日、全日本=日本テレビというこの関係によって、交流戦・対抗戦がネックになっていたものだが、時代は変わったものだ。

 ジャイアント馬場VSアントニオ猪木は実現しなかった(正確には二人が前座時代に16戦して馬場の全勝)。プロレスファン永遠の夢は、馬場の死と共に本当に永遠の夢となってしまった。

 その下の世代であるジャンボ鶴田、天龍源一郎、長州力、藤波辰爾は、長州や天龍が団体を飛び出すことによって、多くの夢の対決が実現した。だから全日本プロレスを出ることなく引退した鶴田と新日本プロレスを出ることなく社長になった藤波との対戦だけは実現しなかった。

 今、夢の対決として一番注目されているのが、さらにその下の世代である。新日本プロレスで闘魂三銃士と呼ばれた蝶野正洋、武藤敬司(現・全日本)、橋本真也(現・ZERO-ONE)と、全日本プロレスで四天王と呼ばれた川田利明、三沢光晴(現・NOAH)、小橋建太(現・NOAH)、田上明(現・NOAH)といった人達との対戦である。願わくば、それぞれが新日本と全日本で看板を背負っていた時代に対抗戦を見たかったが、逆に今業界が変わってきたおかげで、夢の対決が徐々に実現してきているのである。

 2000年8月11日、両国国技館。「この長い間、全日本プロレスと新日本プロレスの間に大きな壁がありました。その壁を今日、ブチ破りに来ました!」という渕正信のこの言葉から、日本のプロレス史の激変が始まった!

 2000年10月9日、東京ドーム。当時、IWGPヘビー級チャンピオンだった佐々木健介と、全日本プロレスの看板を一手に引き受けることになった川田利明との歴史的対抗戦が遂に行われた。どちらも負けるわけにはいかなかった。本人達がどう思おうと周りがアントニオ猪木のストロングスタイルVSジャイアント馬場の王道プロレスと見るのは必至。果たしてかみ合うのか? そんな不安は杞憂に終わった。いやはや緊張感に包まれた素晴らしい戦いだった!ここ数年の試合の中でもベストバウトと言って良かった。この団体の看板を背負った者同士の熾烈な戦いは、川田利明に凱歌が上がった。

 全日びいきの自分としては、すごく嬉しかったね。試合後の新日の会場の中で響き渡る「ゼンニッポン!」コールが心地よかった。でも、彼らの試合はもうそんなどちらが勝った負けたというのを既に超えていた。プロレスというものをおもいっきり楽しませてもらった。

 以前にも書いたが、プロレスにはお互いの信頼関係があってこそ、名勝負が生まれるという面がある。それが長い間敵対していた会社同士で成立しうるのか? そんな心配を吹き飛ばす好勝負だった。敵対していても、お互いに認める部分があったからだろう。そこが長州VS小川、長州VS橋本と大きく違ったところなのかもしれない。(苦笑)

 ここで、この後行われた対抗戦を三つほど会場に足を運んで見ているので、その時の感じを書いてみようか。

 2000年12月14日、大阪府立体育館。その年の新日本プロレスのG1タッグリーグ戦優勝チーム永田裕志、飯塚高史VS全日本プロレスの世界最強タッグリーグ戦準優勝チーム川田利明、渕正信組。30分一本勝負でペイパービューも行われていた。

 オレはと言うと勿論全日派であるからして、川田、渕組を目一杯応援する腹づもりだった。しかし、ここは新日の会場。周りはもう圧倒的に新日ファンかなと思い、孤軍奮闘する決意だったが、意外にも川田人気は強く、ひとりぼっちにならずにすんだ。(笑) ただ川田への声援は多かったが、渕にはみんなかなり冷たかったな。「引っ込めー!」「いらんことするな!」「何やってんねん!」と散々罵倒や苦笑されてたねえ。おっちゃん頑張ってたのに。

 結局30分戦ってドロー。当然延長コールも起きたけど、ペイパービュー放送で枠が固定されていたために、それもなかった。ハッキリ言ってこうなることは予想できてたけどね。全日本は30分や60分の試合なんてそんなのザラやし、全日ペースになったらアッと言う間に30分なんか経っちゃうんやから。だからまあ、そんなに後味の悪いものではなかったかな。

 「アレで天龍いたら新日ボロボロやったで」なんて声も聞きつつ、退場の流れに身を任せていると、いつの間にか近くにヤマちゃん(現在、アートネイチャーのCMに出演「足りないなら増やせ!」の山崎一夫)が、まさかこんなお客さんと一緒に正面玄関から出ていくとは思わなかった。そのままタクシーに乗り込んでたけどね。そのタクシーの窓に一人の若い男が寄っていって「ヤマちゃんバイバイ!」と言って手を振っていても、何も慌てず無表情で手を振り返していた。(笑)

 続いて、2001年1月13日同じく大阪府立体育館。セミ・ファイナルで行われたプロレスリング・ノアの社長・三沢光晴と小川良成VS新日本を解雇となり、独自の道を歩き始めていたZERO-ONEの橋本真也とバトラーツのアレクサンダー大塚という、未知のカード。NOAHは全日の流れからファンを引っ張ってきているので、会場のファンの雰囲気もわりとアットホームな感じで、新日の会場のようにあまり殺伐とした雰囲気はなかった。そりゃあ、最初にラッシャー木村や永源遥の試合を見せられたら和むわなあ。(笑)

 ところが、いざ対抗戦が始まるとなるとそれまでの空気が一変してしまった!オレの前にいた兄ちゃんなんか、それまでずっとおとなしく座っていたのに、橋本真也が入場してくるなり、「ハッシモトッ!ハッシモトッ!」とテーマ曲『爆勝宣言』に合わせて拳をふりあげ橋本コール。しかしここはNOAHの会場。それを凌ぐ「ミッサッワ!ミッサッワ!」の三沢コールが待っていた。やたら挑発的な橋本組の態度にNOAHのファンもエキサイト。新日ファンとは違い、長い間鎖国状態の中で保守的に育ってきた全日系のファンには、あまり外敵に対する免疫がないため、その拒絶反応は凄まじかった。セコンドに付いていた安田忠夫にも「安田帰れ〜!」のヤジがとぶ。暴走して三沢を蹴りまくる橋本に場内ヒートアップ。特に前の兄ちゃんは「橋本〜!三沢を殺せ〜!!」などと物騒なことを叫んでいた。オイオイ。結局、試合は三沢が大塚をタイガー・ドライバーであっさり仕留めてしまった。

 その後は新日出身らしい橋本のマイクによる挑発。「三沢!次はシングルだな!待ってろよ!」と言う橋本に対し、ここで三沢の予期せぬリアクション。なんと三沢がマイクを持ったのだ!「橋本!次あんのかお前この野郎!」全日出身の三沢がマイクを持つなんて初めて見た。これには場内もどよめきと歓声だった。ちなみにこの時、オレの前の兄ちゃんはすっかりおとなしくなっていた。無理もない。どう見ても橋本の負け犬の遠吠えにしか見えなかったからなあ。こうして、この後のメイン・エベント小橋、田上VSベイダー、秋山という通常のNOAHワールドに戻って行った。

 3つ目は、2001年4月9日、大阪ドーム。この日は全国生放送だった。お目当ては長州力、越中詩朗VS川田利明、渕正信というタッグマッチ。とにかく長州と川田の絡みが見たいが故にチケットを買った。ところが、この大会は当初、メインとセミは佐々木健介VS藤田和之、スコット・ノートンVSドン・フライだったのが、急遽会長アントニオ猪木の横ヤリによって、ノートンVS藤田のIWGPヘビー級選手権試合と、健介VS橋本という犬猿の仲対決に変更されたのだ。もしこれで長州と川田の絡みを崩されていたら、オレはもうアントニオ猪木に怒り心頭だっただろう。正直言って今の猪木には辟易している。

 ハッキリ言って、この大会はもう最悪だった。生放送に合わせて獣神サンダー・ライガーVS村上一成(UFO)の試合から始まったんやけど、もう端っからただのケンカ。小川直也と一緒に入場してきた村上がいきなりライガーに殴りかかり、制止するレフェリーを吹っ飛ばして1分47秒、アッという間にライガーの反則勝ち。怒りの収まらない新日陣営とUFO陣営が揉み合う中、突然『パワー・ホール』が鳴り響くと、長州、越中組の入場。おいおい、WWEやないねんから。長州は、放送席の藤波社長にケンカを売っていた小川に目をやると、いきなり襲いかかっていった。もう何が何だかわからない。

 この一悶着の後に入場させられた川田、渕組は本当に気の毒だった。オレはこの試合を本当に楽しみにしていたのに、心底腹が立った。新日本プロレスは、全日本プロレスに対しても、オレらチケットを買って会場に観に来たファンに対しても、随分失礼極まりないことをしてくれたものだ。周りからも川田、渕組に対する同情の声が漏れていた。

 何ともやりにくい空気の中で、強引に試合は始まった。しかし、長州も川田もプロやね。この二人の絡みはアッという間にリング上へ目を釘づけにさせる。一流の選手には何かしらオーラみたいなものが備わっている。試合自体は二人の絡み以外さして盛り上がりもなく、予想通り(笑)渕が長州からリキ・ラリアットを喰らいフォール負け。

 この日の大会はこの後もぎくしゃくとした流れが続いた。メインではレフェリーがダウン・カウントを数えてる最中に健介の顔面に蹴りを入れた橋本が、なぜかレフェリー・ストップで勝利するという非常に不可解な結末に場内騒然!「金返せ〜!」の怒号が飛び交う中、リング上にアントニオ猪木が・・・。この異様な雰囲気をどう収めるかと思いきや、例によって「1、2、3、ダアーーッ!」で強引に締めてしまった。とてもじゃないがオレは悠長に猪木と一緒にダアーーッ!なんてやる気にはなれなかったね。むしろ見事にオレの心を逆撫でしてくれたわ。会場には怒っていつまでも帰らないお客さんもけっこういた。プロレスを観に行って、こんなに虚しい気持ちになって帰ったことは無かったなあ。

 と、まあ対抗戦とはその団体のいつもの興業のカラーとはまた違ったカラーが見れて、どうなるのかわからない未知の期待感を味わうことができる。それが良い方向へ行くとは限らないけども。(苦笑)

 ここで、対抗戦の中でも最もキーとなった試合に触れておこう。それは、2001年3月2日、両国国技館におけるZERO-ONEの旗揚げ戦で行われた、橋本真也、永田裕志VS三沢光晴、秋山準というタッグ・マッチである。この永田の参戦によって、初めて新日本とNOAHとの交流が実現した記念すべき日になった。当然ここでもストロング・スタイルVS王道プロレスといったことは囁かれたのだが、この時は三銃士や四天王の下の世代である永田と秋山が好勝負を展開し今後の二人は一躍注目の的となった。試合は三沢がジャーマン・スープレックス・ホールドで橋本を押さえ込み、以外と呆気ない結末となってしまったが、ドラマはこの後に起こる。

 負けて怒り狂う橋本が秋山に突っかかっていき、NOAHのセコンド陣が入り乱れて乱闘騒ぎとなる中、乱入予告をしていた小川直也が三沢にケンカを売った。「三沢、組んでもらおうじゃねえか。勝負を」そうエプロンからマイクで挑発するやいなや、なんと三沢はすぐさま走って小川めがけてエルボーをブチ込んで行ったのだった!ここでも三沢はやってくれた。全日本育ちの三沢がこういう行動に出るのは全く予想のつかないことだった。完全無視を決め込むんじゃないかと思うところが妥当である。小川もケンカを売ったものの、まさか三沢が仕掛けてくるとは思ってもみなかったんじゃないだろうか。荒れ狂う小川とNOAH勢がやりあう中で、リングサイドで観戦していた藤田和之も割って入ったが、秋山から蹴りを一発喰らってしまい、制止するハズが自分までやりあうことになってしまった。いやはやプロレス史に残るスゴい場面が繰り広げられたものだ。おかげで主役にならねばいけないハズの橋本の印象がすっかり薄くなってしまったが。(苦笑) この日を起点にして、対抗戦にひとつのうねりが起こった。

 2001年4月18日、日本武道館のZERO-ONEの興業では禁断の対決が実現した。小川直也、村上一成VS三沢光晴、力皇猛というタッグマッチ。しかもこのカードが決定したのはなんと大会前日。三沢が自らケツを拭くために小川との対戦にふみきったのだ!誰がこの二人が同じリングに立つことを予想できただろうか? 馬場イズムの継承者が猪木イズムの継承者である暴走柔道王と対決。小川直也のプロレスは橋本戦を見てもわかる通り、相手をつぶすプロレス(?)である。それを受け身主体の王道プロレスがどう受けて立つのか、非常に興味のある絡みだった。リング上で小川直也と三沢光晴が対峙し、両者ものすごいガンの飛ばしあい!小川は毎度のことながら、この時の三沢の目つきといったらもう今までの小川の相手とは貫録が違ったな。それは試合の中でも見事に現われていた。あの小川を三沢はレスリングの技術でうまくグランド・コントロールし、マウント・ポジションをとられても慌てず防御してみせた。最後はバックドロップ気味のジャーマンで村上を強引に押さえ込みフォール勝ち!三沢光晴の懐の深さを誰もが目の当たりにした瞬間だった。この試合で三沢は技術的な面では勿論、男気という点においてもプロレスラーとしての株をまたひとつ上げた。

 2001年6月8日、日本武道館の全日本プロレス興業において歴史的事件が起こる。前々日は同じ日本武道館で新日本プロレスの興業があったのだが、ここで新日本VS全日本の5−5対抗戦が行われ1勝4敗と新日本が大きく負け越した。で、6月8日の興業でもまた2勝3敗と負け越してしまったのだが、そのうちの1勝がとてつもなく大きかった。武藤敬司が天龍源一郎を破り、第27代三冠ヘビー級チャンピオンとなったのだ!これは全日の至宝が多団体に流出することを意味する。今思えばこの時から武藤の全日本プロレス移籍は当然の流れとなったのかもしれない。

 一方、NOAHでは、三沢を破った秋山準がGHCヘビー級チャンピオンに君臨していた。その秋山はかねてから永田裕志絡みの新日参戦と、秋山が育った全日本プロレスの激しさの源流である天龍源一郎との対戦を口に出していた。NOAHと全日本の関係を考えると天龍との対決は難しいが、新日参戦に関しては三沢社長と藤波社長の両者が前向きな発言をしているため一気に実現しそうに見えた。

 そして、2001年10月8日、東京ドームにおいて、GHCヘビー級チャンピオンの秋山準がついに新日本プロレス初参戦を果たす!盟友・永田裕志とタッグを組み、相手は三冠ヘビー級チャンピオンの武藤敬司とクイズ・ミリオネアで見事に1000万円をGETした国会議員レスラーの馳浩(全日本)のBATTコンビと対戦。やはり注目はGHC王者VS三冠王者の絡み。刺激的だった!この試合のハイライトは、馳が永田にローリング・ジャーマン4連発。永田のハイキックをダッキングで交わした馳の背中を踏み台にして、武藤がシャイニング・ウィザードを炸裂!ここでなんと秋山がすかさず掟破りのシャイニング・ウィザードを武藤に炸裂!その秋山に馳が裏投げを決めて、リング上は4者ノックダウン状態。まさにこれがプロレスだ!!最後は秋山が武藤をフロント・ネックロックで捕えている間に、永田が馳をバックドロップ・ホールド2連発でフォール勝ちした。この試合の先に、現在のプロレス界で一番の黄金カードと言える武藤敬司VS三沢光晴が実現する可能性も見えてきた。ただし、武藤が全日本プロレスに移籍するまでは・・・。

 2002年1月4日、東京ドーム。ここで急遽秋山準VS永田裕志のGHCヘビー級選手権試合が新日本プロレスの興業でメインを飾ることになった!ちなみにアントニオ猪木はこのことが非常に面白くなかったらしく、前の試合で帰ってしまっている。当初、藤田和之VS永田裕志のIWGPヘビー級選手権試合が予定されていたのだが、藤田が左アキレス腱断裂の重傷によりキャンセル。そこで、ドーム級のカードということで、新日本がNOAHに打診したところ、これを受けたらしい。なお、永田裕志は12月31日の猪木軍VSK-1において、ミルコ・クロコップに秒殺されてしまっている。そんな傷心中の永田だったが、盟友との戦いに燃えないわけがなかった。対する秋山もなんと三沢の必殺技であるエメラルド・フロウジョンまで披露している。白熱した試合の最後は、新日本プロレスお得意の攻めのプロレスを、全日本プロレスお得意の受けのプロレスで全てしのいでみせた秋山が垂直落下式&ワンハンドクラッチ式エクスプロイダーで見事に王座防衛を果たしている。試合後、男泣きしていた永田の顔が印象的だった。その後、永田は2月17日の日本武道館大会において、小橋建太の復帰戦のタッグマッチ、三沢、小橋VS秋山、永田というカードで初めてNOAHのリングに上がっている。

 こういう大きな対抗戦の流れのもと、冒頭の蝶野正洋VS三沢光晴という世紀の一戦を迎えることになるのだ。蝶野プロデュースだったこの大会において、その目玉カードとして蝶野が賭けに出たのだった。アントニオ猪木という男を頑なに信用しない三沢が、現場責任者となった蝶野の心意気に応え、「NOAHの2年間は新日本の30年間に負けないということを証明する」と、ついに新日本に出陣!三沢はかつて2代目タイガーマスク時代に、天龍源一郎のパートナーとして、この新日本プロレスのリングで長州力、ジョージ高野組と対戦したことがある。それ以来の多団体出場だ。

 三沢の入場テーマ曲『スパルタンX』が新日本の会場に鳴り響く!そして蝶野の入場テーマ曲『CRASH』が鳴り響く!夢じゃないのだ!制限時間30分一本勝負。試合は対抗戦ならではの慎重な様子の探り合いから始まり、独特の間で試合が進んで行った。前半は地味な攻防が続いたが、場外に転落した蝶野に三沢がフライング・エルボーアタック。その後、蝶野がセコンドのT-2000の面々にトップロープを緩めさせる。三沢の巧みなロープワークを封じるためだ。場外花道では、蝶野がパイルドライバーを決めると、三沢はなんとここでエメラルド・フロウジョン!リングに戻り、エルボーとヤクザキックをやり合う中、ここでも三沢が驚きの卍固めを敢行!それをまた卍固めで返す蝶野。さらに今度は馬場の得意技である河津落としを蝶野が見舞うと、またそれを同じように返していく三沢。そしてまたもや馬場の必殺技だったランニング・ネックブリーカードロップを蝶野に仕掛けていく三沢。目が離せない攻防だった。この後も三沢がかつてジャンボ鶴田をギブアップさせたフェイスロックや、ルー・テーズ直伝の蝶野の必殺技STFが決まるも両者一歩も引かず。最後はエルボーとヤクザキックの応酬となったが、なんせ30分は短すぎた。世紀の一戦は引き分けに終わった。内容的には解説の木村健吾も言っていたが、三沢が押していたように思う。60分だったらおそらく三沢に凱歌が上がったのではないだろうか。蝶野が粘りに粘った試合だった。試合後、三沢は「この引き分けは負けに等しい」と言ったが、三沢からすれば勝って当然という意識があったのだろう。是非とも今度はNOAHのリングで決着戦を見てみたいものだ。30分で引き分けるというのは、最初から読めてたからねえ。次は時間無制限でお願いします。

 対抗戦はプロレス界の切り札である。無闇にやるのは自分たちの首をしめることにもなる。ただ、明らかに旬というものがあるし、それを逃したら元も子もない。今回三沢が新日本のリングで蝶野と戦ったのは、タイミング的に今だと感じたからだろう。K-1やPRIDEの人気に押されてる今、プロレス界も頭を使っていかなくてはならない。その上で、ファンの夢のカードを実現していってもらいたいものだ。

 こうやって一通り最近の歴史的な対抗戦を紹介してみたけど、その中で個人的なベストバウトを挙げるとすれば、やはり佐々木健介VS川田利明の初戦かな。最も緊迫感のある対決だったと思う。あれほどドキドキした試合は滅多に無い。やはり団体の看板を背負った対決というのは、殺伐とした緊迫感って必要だと思う。そういう意味では、秋山VS永田とか蝶野VS三沢は面白かったけどその辺りが足りなかった。

 今後の対抗戦として注目すべきところは、全日本プロレスとその全日本から袂を分けたNOAHとの対抗戦が行われるかどうかだろう。非常にデリケートな問題を含んでいるため、当分考えられないが、いずれ交わることがあると信じている。そして武藤敬司VS三沢光晴という黄金カードを実現してほしいし、秋山VS天龍や、川田を交えて再び四天王対決も見てみたい。これからもまだまだプロレスから目が離せないぞ!

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