オレとプロレスとの出会い

 思い起こせば、オレがプロレスというものに対してこんなにもハマるなんて思いもよらなかった。全然興味なかったもんなあ。アニメで『タイガーマスク』を見たのがプロレスを知った最初だと思うが、それでもプロレスというスポーツに関して興味はてんで湧かなかった。

 しかし、オレが小学校四年生の頃、プロレスを避けて通れなくなる。何故なら、クラスの男の奴らがみんなプロレスの話題を口にするようになり、プロレスごっこもやりだすようになってきたからだ。あのタイガーマスク登場によるプロレスブームの少し前の話である。さてさて困った。ジャイアント馬場とアントニオ猪木という名前を知っている程度で他は何にも知らない。力道山すら知らなかった。これではいかんということで、図書室で小学館の『プロレス入門』という本を開くことになる。いやはや、そこに出てくるのはおよそ人間離れした超人・怪人ばかり。リンゴを握りつぶしてジュースにしてしまう『鉄の爪 フリッツ・フォン・エリック』や、口から火を吹く『アラブの怪人 ザ・シーク』、身長2m23cmの大巨人『人間山脈 アンドレ・ザ・ジャイアント』、『白覆面の魔王 ザ・デストロイヤー』、『囚人 ザ・コンビクト』や『ミイラ男 ザ・マミー』などなど、そのあまりにも非日常的な世界にオレのハートはわしづかみにされてしまった。

 かくして、金曜夜8時は『太陽にほえろ』『三年B組金八先生』ではなく、新日本プロレスの生中継番組『ワールドプロレスリング』をTVで観戦することになる。最初に見たのが「ボブ・バックランド、ダスティー・ローデスVSスタン・ハンセン、ハルク・ホーガン」という対決だった。本で見た奇々怪々な世界とはえらく違ったが、それでも大男達のぶつかり合いはなかなか楽しめた。たまたま外人同士の対決だったが、当時は今のような日本人対決がメインではなく、日本人VS外人という図式が多かった。やはり力道山時代からの流れでその方がわかりやすかったからだろう。でもこのような外人同士の対決でも、明らかにベビー・フェイスとヒールといったわかりやすい図式の試合が多く、この試合なんかでもバックランド組がベビーでハンセン組がヒールといった図式がすぐに伝わってきたものだ。その図式をすぐさま理解させてくれたのは、それはもうレスラーそれぞれの個性にほかならない。その各々の表情や戦うスタイルから伝わってくるのだ。こうしてオレは徐々にプロレスの世界に引き込まれていく。

 そして友達から「今日、デストロイヤーとザ・シークが出るぞ」と言われて見始めたのが土曜夕方5時半からの『全日本プロレス中継』だ。先程プロレスを最初に見たのが新日本であるかのように書いたが、正確には以前、田舎で「ジャイアント馬場VSジャンボ鶴田」を何気なく見ていたことがあった。実はおじいさんとおばあさんがプロレスを好きでよく見ていたのだった。その時はまだ「早く終わらないかな」と思っていた記憶がかすかに残っていた。

 この二つの番組を見て、同じプロレスでも明らかに雰囲気が違うことに気づいた。新日本はあくまでもアントニオ猪木が絶対的なヒーローであり、カリスマであり、派手でテンポも早く、生放送ということもあって緊迫感もあり、異常に盛り上がっていた。これに対し、全日本は既に馬場が全盛期を越えていたこともあり、ジャンボ鶴田を次期エースに持ってこようとする過渡期だった。そしてザ・ファンクスやミル・マスカラス、ザ・デストロイヤー、ブルーザー・ブロディやNWAやAWAの世界チャンピオンなど、外人レスラーがとにかく豪華で、タイトルマッチも多く、次のシリーズは一体誰が来日してくるのだろうかととても楽しみだった。しかし、試合そのものは新日本に比べマイペースで、エキサイティングさに欠けていた印象がある。それに録画中継だったため、そろそろ決着がつく頃だというのが予測できる物足りなさもあった。同じプロレスでも団体によってカラーが違うということを知ったのだった。とにかくその頃はまだプロレスが八百長云々といったことは考えることもなく、純粋に、真剣に楽しんでいた。

 こうしてオレは、現在に至るまでほとんど毎週欠かさず新日本と全日本(現在はNOAH)の地上波放送を見続け、プロレスの流れをずっと見続けることになる。(ちなみに国際プロレスは当時うちの市内では放映されていなかったので一度も見たことがない。)その中でとにかく感じることは「プロレスは深い」ということだ。まあこのコーナーでそのプロレスの深さというものを、おいおい伝えていきたいと思う。そして、オレがプロレスのどういう部分に魅かれていったのか?どの団体の誰に魅力を感じるかなど、その熱き想いをぶつけていきたいと思うのでヨロシク。

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